毎年、夏になると、江ノ島の海岸に10数人の男女が集まって「砂の城」をつくる。コンテストとか大会とかいうのではなく、ただ集まって缶ビールなど飲みながら、日がな一日、のんべんだらりと大人の砂遊びを楽しむのだ。なぜ江ノ島かといえば、それは単に、私の家に近いから。
10年ほど前に、ふとしたきっかけで砂の城づくりに興味を持ち、近くの海岸で試作してみた。写真を撮って友人・知人に見せているうち、自分もやってみたいという連中が増えてきて、ひと夏に2度も3度もつくるようになってしまった。ホームページを立ち上げてくれる人まで現われ、それがまた同好者の輪を広げている。なんだか大げさなことになってきたなァと苦笑している昨今である。
砂の城をつくる人は世界中に数え切れないほどいる。以前テレビで見かけたが、イタリアのある村では、毎年、村人が総出で巨大な城をつくっているという。高さは5mくらいもあり、まさに小山のようだった。城門などルネサンスの名画に出てくるような形に仕上がっており、伝統だなァと感心した。日本では、テレビ東京の人気番組「テレビチャンピオン」における「サンドアート決戦」が知られている。鎌倉の海岸にパワーショベルで山をつくり、3日3晩かけて代表チームがウデを競うのだ。アートというだけに、城というより彫刻作品に近く、その完成度には目を見張らされる。
私がつくっているのは、そんな立派なものではない。高さはせいぜい1mを超えるほど。5、6本の小さな塔を立てた、まさに砂遊びに毛が生えた程度の城である。それでも海水浴場では人目を引くから、立ち止まって見物する人は多い。「テレビチャンピオンに出た人ですか?」などと声をかけられることもあり、恥ずかしくなってしまう。
砂の城に興味を持ったのは、いまから20年近くも前のことだ。広告業界に身を置く私は、銀座の「イエナ」という洋書店にしばしば足を運んでいた。海外の写真集が充実しており、ぺらぺらめくっているだけでもアイデアのヒントがみつかるからだ。そんなある日、ふと手にとった本に、砂の城をつくっている中年男の写真があった。バケツで型をとり、物差しのようなもので削っている。「なるほど、こうやってつくるのか」と思ったが、その時だけのことで、自分には関係ないことだと忘れてしまった。
年月が経ち、ある夏、友人やその家族と伊豆の海へ遊びに行く機会があった。浜辺でごろごろしていると、すぐ隣りで友人の子供が砂の城をつくっている。見ているうちに、突然のように「イエナ」で見た写真を思い出し、「どちらが格好いい城をつくれるか競争しようか」と持ちかけてみた。子供はニッコリ笑い、張り切って城をつくり始めた。
私は、そこらに転がっていたプラスチックのバケツやカップに濡れた砂を詰めて型をとり、100円アイスクリームのスティックを使って三角屋根や窓などを彫っていった。器用なほうではないから、それこそ不細工な出来だったが、子供を仰天させるには充分だった。「おじさん、ずるいよ。道具を使うんだもの」と子供は頬をふくらませたが、「そんな法律どこある? 勝負はアタマを使ったほうが勝つんだ」と言い張った私は、なんと大人げのない人間なのだろうか。
もしも私が、海のすぐ近くに住んでいなかったら、砂の城づくりもそれっきりになっていただろう。たまたま歩いて行ける距離だったことから、スコップやらバケツやら、いろいろな道具を抱えて出かけ、作り方を研究することができた。7、8年も前に見た数枚の写真だけが頼りなのだから、まったくの独学である。ひとりでそんなことをしていると怪しいオジサンと思われそうなので、我が子や友人をダシに使い、みんなで遊んでいるふりをしながらあれこれ考えていた。
いくつか試作するうちにコツがわかってきて、どうやらサマになってくる。友人の中にも、面白そうだと言い出す者が現われ、一緒に知恵を絞るようになった。塔の屋根はどうやって尖らせるか、美しい階段はどうやって刻むかなど、ビールを飲みながら議論するのが楽しかった。
ご参考までに、こうして身につけたノウハウの一端をご紹介しよう。
まず、どこに築城するか位置を決める。あたりまえのようだが、これがむずかしい。砂の城づくりの醍醐味は、夕方、波で崩れていくさまを見ることにある。半日かけて築き上げた城が打ち寄せる波にさらわれ、また元の砂浜に戻っていく姿が哀しくて美しいのだ。場所を誤ると、完成しないうちに波が来てしまったり、そのまま放置して帰ることになって面白くない。
砂の質も重要である。粒の粗い砂では塔を立ててもすぐ崩れてしまう。きめ細かい砂であることを確かめねばならない。
位置が決まったらスコップで砂山を積み上げる。土台がしっかりしていないと崩れやすいから、力強く踏み固めることが肝要だ。その上に大小のバケツを使って塔を立てる。最上層はコップなどで円錐形にして、金属へら(私は15cmほどのアルミニウム製物差しを使う)で細くとがらせる。スプーンで丸みのある窓を彫ると、急に城らしくなってくるから不思議だ。注意しなければならないのは、いちばん上から削り始め、とりあえず上部構造を完成させてしまうこと。そうしないと、上から落ちてきた砂が下での努力を台無しにしてしまう。
塔が完成したら階段をつくっていく。砂の城のポイントは、実は階段にある。きちんと刻まれた階段の微妙な陰影が、ヨーロッパ的な構造物の雰囲気を醸し出してくれるのだ。そして最後に「ティーカップの裏技」というのを使う。壁面をカップで、カポッ、カポッと削ると、古代ローマ建築の連続アーチのようなイメージが、たったの1分で現出する。おそらくこれが私の最大の技術的開発であろうと自画自賛している。
出来上がった城をながめながら、満足感にひたってビールを飲んでいると、夕日が空を染め、汐が満ちてくる。波が城の足元を洗い、階段や小さな塔が崩れはじめる。まさに至福のひとときである。だが、突然、ラストシーンがやってくる。予想外に大きな波が打ち寄せ、中央の塔が崩落するのだ。カメラを持っている者は、その瞬間をとらえようとするが、なかなか成功しない。それがまた、心を後に残すことにつながり、一日の味わいをいちだんと深めるのである。
10年も続けてきた城づくりだが、この1〜2年、そこはかとなく停滞感がある。まず、デザインがパターン化されてきたこと。細部に工夫はあっても、全体的には似たような構想の下にあり、写真で見ると区別がつかなくなってきている。
技術面でも行き詰まってしまったようだ。我々レベルでできることはやり尽くし、その上をめざすなら、本格的に取り組まなくてはならない。きちんとした角柱をつくる技術とか、正円を彫る技術などを身につける必要がある。そうなると、道具も見直さなくてはならないだろう。「テレビチャンピオン」の名人達はパレットナイフや霧吹きなどを駆使している。私達も、そうするべきなのだろうか。
遊びも長く継続するうちに、だんだんやっかいなことになってくる。たぶんこの辺りが大きな分かれ目なのだろう。砂の城づくりを口実に浜辺でのんべんだらりと酒を飲む集まりであり続けるのか、多少は高度な造形をめざし、達成感の味わえる活動にするのか。
とりあえず今年の夏は終わった。酔狂な私達といえども、冬の海で砂遊びをするほどの気力はない。とりあえず決断は保留して、また来年の春になったら考えてみようかと思っている。 (02年10月記)