はじめは「砂の城を」という話から
それは今年(06年)4月のことだった。某映像プロダクションから電話があり、海岸に「砂の城」をつくってくれないかと頼まれた。ちょっとしたDVDドラマの撮影があり、砂の城をつくる少年のシーンを入れたいというのだ。まだ寒い時期であり、仕事も多忙だったので、どうしようかと迷ったが、道楽でやってきたことが世の中のお役に立つならと、一応引き受けることにした。
数日後、ディレクターと制作進行の人が恵比寿にある私の事務所にやって来て、企画内容がかなり変わったという。「砂の城」ではなく「砂のウンコ」をつくりたいというのだ。私はお断りした。そんなものはつくったことがないし、つくりたいようなものでもない。だが、時間がないうえ他に頼める人を知らないので、乗りかかった船で何とかお願いしたいと粘られ、承諾させられてしまった。
できるだけ巨大なウンコを、ということなので、人数を揃えること、砂の質が良い海岸であることなどの条件を出し、さて、どんな風につくろうかと思案した。とにかく基礎を踏み固めることだろう。途中で水を含ませる必要があるかもしれない。てっぺんはバケツで型をとり、へらで削り取るのがよさそうだ。ひとりでは心もとないので、「江ノ島あたりで砂の城をつくる会」の有力メンバー、村上祥子さんに協力を依頼した。「なんで私がウンコを…」と渋っていたが、そこは無理やり頼み込んでしまった。
ミニドラマのセットとして制作
ゴールデンウィークに入ってすぐの4月30日。渋谷に朝の5時半集合! ロケ隊の出発は早い。前夜遅く、北海道取材から帰ったばかりだったので、眠い目をこすりながら集合場所にたどり着く。目的地は千葉の富浦だという。ずいぶん遠いところだ。
ロケバスの車内で脚本を渡される。「伴内多羅子の事件簿 ピカソの城」という15分ほどのミニドラマだった。原案・演出はWAHAHA本舗の喰 始(たべ・はじめ)氏。実は十数年前に紹介されたことがあるのだが、何の機会だったかはお互い忘れてしまっていた。
さて今回のミニドラマは、WAHAHA本舗が舞台で公演している「女探偵・伴内多羅子」シリーズをDVD化した「七つの顔の女だぜ」に、特典映像として加えられるという。年配の方なら伴内多羅子という名前を聞いて「はは〜ん」と思うだろう。「ある時は片目の運転手、ある時はせむしの男(差別用語連発!)、しかしてその実体は…」の決めセリフで有名な、片岡千恵蔵主演「多羅尾伴内シリーズ」のもじりである。
余談になるが、「しかしてその実体は…」とくれば、次は「探偵・多羅尾伴内」と名乗るにちがいないと思うだろう。ところが「正義と真実の使徒・藤村大造!」と名乗るのだ。名探偵・多羅尾伴内は、藤村大造という人物が変装した「七つの顔」のひとつ、つまり変装キャラクターなのである。そちらをシリーズタイトルにしちゃうんだから、昔の人は大胆だ。
主演はWAHAHA本舗の柴田理恵さん
現地の砂はちょっとザラメ混じり。良質とはいえない。波打ち際の細かい砂だけをバケツで運ぶことにする。また、山を築くため大量の砂を足下から掘り取ると、山の周辺が深い穴となって、映像的に美しくない。砂運びは大変な重労働になるが、これはやむを得ないだろう。幸いWAHAHA本舗の若手やプロダクションのスタッフが大勢来てくれていたので、彼・彼女らのヤングパワーに頼る。見る見る山は大きくなっていった。
次に、上部から踏み固めていく。この作業もハードだ。片足を高く上げて斜面の上部を踏むというか蹴って固めるわけだから、数百回も大股を広げなくてはならない。老体の私は手本を示すだけにして、ここも若者たちにがんばってもらった。暖かい日ではなかったが、たちまち汗が吹き出してくる。
山はどんどん高くなり、7合目くらいまで積み上がった。ここで俳優さんが入りカメラが回る。伴内多羅子役はWAHAHA本舗の看板女優・柴田理恵さん。共演するのはテレビでもよく見かける若手女優の清水ひとみさんと、「無名塾」出身の内浦純一さんだ。内浦さんは舞台のシリーズでも女探偵・伴内多羅子の助手を演じている。今回のドラマでは、砂の芸術制作の働き手として砂山の上でスコップを振るう。砂をしっかり踏み固めておいてよかった。グズグズの山だったら途中で崩れて、内浦さんは転落してしまっただろう。
当初私は、砂の城にせよ砂のウンコにせよ、ワンシーンだけに登場する“つくりもの”程度だろうとたかをくくっていた。だが、渡された脚本を読んでみると物語の中心的なセットになっているではないか。貧弱なものをつくったらドラマが台無しになってしまう。特典映像といえども30人以上のプロフェッショナルが一日がかりで取り組むクリエイティブな作業だ。「江ノ島あたりで砂の城をつくる会」の名誉のためにもがんばらなくてはと気を引き締める。
傷心の女性に希望を与える巨大ウンコ
砂浜でロケ弁当を食べ、ひと息入れる。天気はまずまずで風も強くはない。この時だけはちょっとした遠足気分が味わえた。
午後は、巨大ウンコの仕上げにかかる。てっぺんをとがらせてリアルなひねりを入れ、斜面を彫り込んでとぐろを巻かせる。村上祥子さんがデザイナーの本領を発揮して、カーブをきれいに整えていった。作業の途中に何度かドラマの撮影が入り、物語が進行していく。
ここでドラマのあらすじをご紹介しておこう。失恋した若い女性(清水ひとみ)が自殺を考えて海岸へやって来る。その海岸では伴内多羅子と助手の青年(内浦純一)が、子ども達をよろこばせるため砂のウンコをつくっていた。多羅子は女性に作業を手伝わせながら、いろいろ語りかける。多羅子のエネルギッシュなキャラクターに触れ、砂遊びの楽しさに引き込まれていくなかで、失恋女性は人生への希望を取り戻す――。
というわけだから、砂のウンコは非常に重要なものなのである。
ほれぼれするようなできあがり
形ができあがったところで、喰監督が自らの手で貝殻や小石を埋め込み始める。「こういうブツブツの混じってるほうがリアルでしょ」と笑う監督。さすが下ネタ好きWAHAHA本舗の演出家だ。周辺を皆で踏み固め、風上から白い砂をまぶすと、巨大ウンコはついに完成した。その大きさ、色、形のすべてがみごとなできあがりで、我ながらほれぼれと見つめてしまった。
ここでドラマもクライマックスに。元気を取り戻した失恋女性は、多羅子と助手に礼をいって去っていく。残った二人の掛け合いがひとしきりあって、いよいよラストシーン。誰もいなくなった砂浜に、夕陽を浴びて巨大ウンコがそそり立っている。通りかかった釣り人が「ん?」と怪訝な顔。静かにタイトルが流れてジ・エンド、という具合である。
かくして撮影もすべて終了。スタッフは撤収を開始する。「今日は良いセットをありがとうございました」と柴田理恵さんが頭を下げてくれる。なんて礼儀正しい人なんだろう。
「ところで、このウンコ、どうしましょう? 壊したほうがいいのかなあ」と進行係。「このままでいいんじゃない。いずれ波がさらっていくでしょう」とプロデューサー。結局、放置することになり、30数人のクルーは夕暮れの浜を立ち去ったのであった。
残された巨大なモノを見た通りがかりの人たちは、いったいどんな顔をしただろうかと、いま思い出しても笑えてくる。
Text:N.Kasai
Copyright (C)江ノ島あたりで砂の城をつくる会 All Rights Reserved.